源氏物語 第10帖「賢木」

前章「葵」に続いて、この章も内容が盛りだくさんです。

【あらすじ】

光源氏23才の秋、斎宮になった娘と共に伊勢へ下る六条御息所を、嵯峨野の野宮に訪ねる。2人は最後に心を通わせ別れた。

11月、桐壺院が亡くなり、藤壺は実家に戻る。光源氏藤壺への恋慕がますます止みがたく忍んでいくが、藤壺に強く拒絶された。桐壺院の一周忌が終わると藤壺は出家。

大臣家の勢力が増していく中で、光源氏は、尚侍となって朱雀帝の寵愛を得ている朧月夜と密会を重ねる。そして、とうとう、ある晩右大臣に密会の現場を見つけられてしまう。

 

実家に戻った藤壺のところへ光源氏が突然現れる場面、藤壺は心痛のあまり失神してしまうのですが、そんなになっても悪びれない光源氏に無性に腹が立ってしまいました。当時の恋愛事情や、登場人物たちが出来事をどう受け止めているのかが、きちんと理解できているわけではないので、現代人の感覚で判断してはいけないとは思うのですが、どうにも、光源氏の強引さには嫌だなーと感じる場面が多々あります。

 

桐壺院の崩御は、光源氏藤壺にとって最大の庇護者を失うことを意味した。(中略)光源氏がちやほやされていたのは、桐壺院の庇護あってのものだった。閉塞感を抱く光源氏は政敵の娘・朧月夜との密会を繰り返し、藤壺にも執拗に迫る。一方、藤壺はどうすれば不安定な政情下で、東宮となったわが子の立場を守れるかを考えていた。光源氏との密通や東宮の出自を疑われてはいけない。しかし懸想を拒み続ければ、光源氏東宮にわだかまりをもつかもしれない、さらに絶望のあまり出家でもされたら、東宮は後見を失う。分別のない光源氏とは対照的に、藤壺は政治的な判断ができる人物として描かれる。東宮の立場を脅かす火種を消すために、出家したのだ。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

 

藤壺はかっこいいですね。それに対して光源氏は、容姿や才能は類稀なる素晴らしさではあっても、精神的成熟度でいったらまだまだ幼い青二歳ということなのでしょう。

光源氏のその浅はかさが、次の展開へとつながっていきます。

源氏物語 第9帖「葵」

第9帖「葵」、ここまで聴いてきた中でいちばん面白いと感じた章でした。

事件がいっぱい起こり、内容が盛りだくさんなんですよね。

 

【あらすじ】桐壺帝が譲位し、朱雀帝が即位する。

4月、賀茂祭に先立って行われた御禊行列に光源氏も参加。お忍びで見物に出かけた六条御息所は、葵の上の一行と牛車の置き場所をめぐって争い(車争い)になり、結局牛車を押しのけられて屈辱を味わう。

その後、葵の上はもののけに悩まされる。葵の上は無事に男児(夕霧)を産むも、急逝してしまう。

光源氏は喪に服した後、若紫(紫の上)と結婚した。

 

まずは、車争い。そして、葵の上にもののけが取りつき、死んでしまう。光源氏は葵の上を見舞った折り、六条御息所の生霊を見て愕然とする。

葵の上の加持祈祷で焚かれたケシの香りが、そこにいないはずの六条御息所の衣に染み込み、着替えても髪を洗っても匂いが取れないシーンは印象的で、六条御息所の魂が葵の上に取りついた証拠に思える。しかし、嗅覚は六条御息所の主観的な感覚ともいえ、生霊の声を聞いたのも光源氏だけ。生霊は2人が見た幻とも解釈できるのが、この物語の面白いところだ。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

現代の考え方でいくと、生霊は2人の見た幻としか思えませんが、当事者、特に六条御息所にとっては、間接的とはいえ人を殺してしまったことになるわけで、とても可哀想です。着物についた匂いが取れないシーンは、本当に印象的でした。

 

可哀想といえば、この章では、若紫も、私は可哀想に思ってしまいました。

この頃、若紫はもう15才くらいになっていて結婚しておかしくない年齢であり、彼女の置かれた状況からすると光源氏はたぶん最上の結婚相手なのでしょうし、2人の結婚はおめでたいことなのですが。

若紫の主観からすると、父親代わりというか親戚のお兄さんみたいに思って慕っていた人に急に襲われた感じがしたのではないかと、で、ショックでふさぎ込むと、光源氏からは大人げないと叱られる。現代の価値観で考えてはいけないと思いつつ、聴いていてなんだか辛くなってしまいました。

 

この章では、葵の上は亡くなってしまうわけですし、女性たちは皆、三者三様に悲しく辛い内容でした。

源氏物語 第8帖「花宴」

前章の次の年、光源氏20才の2月、宮中で桜の宴が催されました。

その夜、後宮で「朧月夜に似るものぞなき」と歌を口ずさむ女性(=朧月夜)と出会った光源氏は、彼女と一夜を過ごします。女性は名乗らず、2人は扇を交換して別れました。

1ヶ月後の3月、右大臣の藤の宴に招かれた光源氏は、朧月夜と再会します。彼女は、右大臣の6番目の娘でした。

 

この章は「朧月夜と出会う」だけの内容で、かなりあっさりとした印象でした。

でも、よくよく考えると、

朧月夜は、政敵・右大臣の娘、光源氏を嫌う弘徽殿女御の妹というだけでなく、4月に東宮に入内することが決まっていた姫君。

前章で、不義の子が生まれ、バレたらどうなることやらそれだけでもヤバいのに、この先、次章「葵」で桐壺帝が譲位、次々章「賢木」で桐壺院が亡くなります。そのような状況下で、政敵の娘と関係を結ぶ! それも東宮に入内するはずだった人に先に手をつけたわけですから、、、

物語的にかなり面白い!

右大臣の娘は6人。東宮入内を予定していたのが六女の朧月夜だ。皇子を産み、中宮になると期待されたが、光源氏との恋愛沙汰で、尚侍(ないしのかみ)として参内する。右大臣家には大打撃だ。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

天皇の妃の中でも最も身分が高いのが「中宮」。それに対して、「尚侍(ないしのかみ」)は、天皇のそばに仕える女官のトップ、天皇の寵愛を受け実質上の妻となることもあるが、この時代、身分は女官のままであったそうです。

右大臣、大激怒ですね。。。

源氏物語 第7帖「紅葉賀」

光源氏、18才の秋。もうすぐ、桐壺帝が、その前の帝である一院(いちのいん)の長寿の祝いを行うため、一院が住んでいる朱雀院に行幸する催しがある。しかし、藤壺はその式典には参加できないので、桐壺帝は、特別に宮中で試楽(しがく・リハーサル)を催した。

翌年2月、藤壺が予定日から大幅に遅れて皇子を出産。その子は光源氏にそっくりであった。

その年の秋、桐壺帝は、藤壺中宮にした。

 

この章のメインは、政治のお話。

桐壺帝は光源氏が臣下ではもったいないと感じており、光源氏によく似た皇子を次の東宮に立てたいと思う。天皇外戚(母方の親戚)が政治を動かした時代、東宮になるにも強力な後見が必要だ。宮家出身の藤壺は身分の面で申し分ないが、藤壺の親戚は皇族。名誉職のような官職につくことはあっても、摂政関白となって政治にかかわることができない。そこで皇子の後ろ盾にすべく、藤壺を女御から最も位の高い中宮という地位につけようと桐壺帝は考えた。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

藤壺は、弘徽殿女御(桐壺帝の妃の1人で現・東宮の母親、右大臣の娘)を飛び越して中宮になってしまったので、弘徽殿女御はかなり怒っていました。

この弘徽殿女御という人、光源氏の政敵なわけですが、光源氏のことが大嫌いで、皆が光源氏の舞に感動している中、「美しすぎて神にさらわれそうだ、怖い」などと皮肉ったり、光源氏を偏愛しすぎだと帝に文句を言ったり、なかなか人間臭くて、物語的には面白いです。

 

そして、この章には、妙な小話が挟まっていまして、なんと! 60才近い年齢だが色恋に関しては現役という上級女官=源典侍(げんのないしのすけ)を光源氏と頭中将が取り合うという、、、 完全にコメディなお話です。

取り合うって言っても、光源氏は好奇心でちょっとちょっかいを出し、頭中将はそれを知ったから手を出して、ある晩、光源氏が源典侍といるところにやってきた頭中将が、わざと怒った振りをし、頭中将だと気づいた光源氏もあえて応戦、掴み合いで互いにぼろぼろになって大笑い。全部がお芝居みたいなエピソードでした。

源氏物語』の中に、こんなコメディ要素があるとは知らなかったので驚きました。やっぱり、不義の子が生まれるなんて深刻な展開なので、敢えての挿話なのかなと思ったりしました。

源氏物語 第6帖「末摘花」

第6帖「末摘花」の巻は、光源氏の活躍を描く本編に対して、番外編の巻のようです。

時間的にも、第4帖「夕顔」の後からお話が始まっていて、第5帖「若紫」と並行して進行していきます。

末摘花が、そうとうな引っ込み思案で、光源氏がアプローチしてもなかなか反応がなく、その後も進展がスローペースであったため、

光源氏が)末摘花と出会ってから関係をもつまでに、「5若紫」の物語がそっくり入る。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

そうです。

 

番外編というだけあって、藤壺との密通・妊娠、若紫の誘拐(あえて誘拐と言いたい笑)と、深刻なエピソードが続いた前章「若紫」に比べて、少し軽いといいますか、コミカルな印象がありました。

特に、光源氏が新たな恋の相手を求めて末摘花の住む屋敷を訪ねて行ったとき、「何かある」と勘付いた頭中将が跡をつけていたのは、とても面白かったです。

 

末摘花 が、どんな女性かといいますと、

常陸宮(ひたちのみや)の娘で血筋はいいけれど、今は父宮が亡くなり落ちぶれてしまっています。極度に引っ込み思案なだけでなく、古風で不粋。

さらに特徴的なのはその容姿で、長く垂れ下がった赤い鼻を持っています。(鼻先が赤いことから、ベニバナの異名「末摘花」と呼ばれた。)

そんな末摘花に、光源氏は落胆してしまうわけですが、貧しい暮らしを気の毒に思い、以後、生活の面倒を見るようになります。

 

(末摘花の)個性的な容姿だけが問題だったのではない。(中略)光源氏は、末摘花が古風で不粋なことに失望したのだ。彼は空蝉と末摘花を比べ、容姿よりもたしなみ深い振る舞いが空蝉の魅力だったと思い出すのだった。

同上、書籍より

 

でも、自邸に帰ってから、10才くらいの少女・若紫相手に、自分の鼻を赤く塗って「私の顔がこんな風になってしまったらどうしますか?」なんてふざけてるところは、なんか光源氏、嫌な奴。と思ってしまいました。

源氏物語 第5帖「若紫」

 病気療養のために北山を訪れた光源氏は、恋焦がれる藤壺(でも継母)によく似た少女(後の紫の上)を知る。少女=若紫は、藤壺の姪に当たる人であった。光源氏は、実母が亡くなり祖母に育てられている若紫を、引き取りたいと思う。

 その後、藤壺が宮中から自邸に下がっていると知った光源氏は、侍女に頼み込んで、藤壺と密通する。そして、藤壺は懐妊。

 一方、若紫は北山から都に戻ってきていたが、祖母が亡くなってしまう。若紫の父・兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや・この人が藤壺の兄)はすぐに娘を引き取ろうとするが、それを知った光源氏は父親に先んじて強引に若紫を自邸に連れて行く。

 

光源氏が若紫を自邸に連れて行く様は、もうほとんど誘拐じゃんと思って聴きました。

藤壺に対しても一方的で、それで妊娠しちゃって苦悩するんだから、藤壺が気の毒。。。でも、強引な光源氏や拒みきれない藤壺が悪いのではなく、結局は前世からの因縁(宿世・すくせ)なのだから仕方がないというのが、当時の人々の考え方のようです。

 

参考書、佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』には、こんなことが書かれていました。

18歳の光源氏に対し、若紫(筆者注、10歳くらい)が幼過ぎるため違和感を覚える場面だが、光源氏自身も12歳で葵の上と結婚したように、当時と今とでは年齢の感覚が異なる。また、2人が夫婦になるのはそれから4年ほど後のことであり、14〜15歳ともなると、当時の感覚では大人とみなされていた。

しかししかし、オーディオドラマでは、それは可愛らしい声でお話している幼子に、成人男性が執着しているようにしか聞こえず、やっぱりどうしても気持ち悪いと思ってしまいました。。。

何より光源氏が若紫に心引かれたのは、叶わぬ恋の相手である藤壺に容貌が似ていたから。光源氏が幼い若紫を引き取りたいと執心したのは、あくまで藤壺の身代わりとしてであった。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

だから、決して光源氏ロリコンではないのだと言ってもですよ、だからって、じゃあ、若紫の立場はどうなるのよ、と、どっちにしても複雑な気分、になりました。。。

源氏物語 第4帖「夕顔」

光源氏、17才。この頃よく通っていた恋人は六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)。

ある日、従者・惟光(これみつ)の母である乳母を見舞った時のこと、隣家に咲いている夕顔の花を手折らせようとすると、花を載せるための扇が届いた。光源氏はその家の女主人・夕顔に心引かれ、身分を隠して通うようになる。

その後、光源氏が夕顔を廃墟のような屋敷に連れ出した折、美しい女のもののけが現れ、夕顔は急死してしまう。生前、夕顔はついに身分を明かさなかったが、彼女はやはり頭中将の恋人だった人であった。

 

この章の主役は、夕顔。(19才)

突然出てきて、突然死んでしまう人という印象でしたが、夕顔と頭中将の間に生まれた子供(玉鬘・たまかずら)は光源氏の養女になって今後の物語にも関係してくるようです。

そして、忘れてはならないのが、六条御息所。(24才)

夕顔は父親が亡くなったことで後見を失った中流階級「中の品」の女性なのに対して、六条御息所は前皇太子の妃であったという上流階級「上の品」に属しています。この章では、この2人が身分差だけでなく、性質の面も含めて対照的に描かれますが、光源氏は夕顔にぞっこんで、恋の勝負としては完全に夕顔に軍配があがります。でも、住まいも侘しい夕顔はそのまま死んでしまうし、光源氏に構ってもらえない六条御息所もせつないし、2人とも可哀想。

私はずっと、夕顔を殺したもののけは、六条御息所の生霊だと思っていたのですが、それは間違いで、ここの場面でのもののけに関しては誰とは明記されてないのですね。

参考書(佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』)によると、

六条御息所の生霊とするのは、室町後期に唱えられた説

なのだそうです。

 

父親を失い、「上の品」から「中の品」に没落した夕顔。(空蝉と同じ境遇。)

その上、頭中将に愛され娘までもうけたのに、頭中将の正妻に脅されて身を隠さなければならなくなり、光源氏と知り合ったのはその仮住まい中。

夕顔は光源氏が顔を見せた後も、自らは素性を明かそうとしない。名乗ったところでどうしようもないという夕顔の思い、保護者のいない貴族女性が生き抜くことの困難さがうかがえる。

佐藤晃子著『源氏物語解剖図鑑』より

改めて源氏物語に触れることで、今まで抱いてきたイメージがだいぶ変わってきました。世界的にも有名な、この古典文学の“すごみ”がようやく少し、わかってきたかなぁと思います。